
|
|
||
| 雑誌や本、新聞などに掲載されたりえぴんのエッセイ集です。 | ||
『ねんきん』2000 年 1 月号 全国社会保険協会連合会 |
||
夜11時を過ぎた途端、電話がつながりにくくなる。NTT のテレホーダイ・タイムである。いわゆる深夜割引のサービス。つながりにくいといっても、それは、インターネットのアクセス・ポイント(インターネットへの入り口となる電話番号)のこと。たくさんの人が、同時に同じところへ電話をかけて、ネット、つまり電子の世界に入ろうとするために起こる現象だが、それだけ需要が大きいことがわかる。もちろん、私もそのうちの一人で、スタッフを務める、化粧情報サイト「beautynote.com」とアット・ニフティ「化粧フォーラム」の運営処理を目的に、やっきになってダイヤルし続けるのだ。
私がパソコン通信を始めたきっかけは、本業の研究のための一ヶ月の渡米に際して、日本にいる家族や知人との連絡方法にEメール(電子メール)を使うと便利だから、というものだった。五年ほど前のことだが、まだインターネットが今ほど浸透しておらず、自分のアドレス(郵便を送るときの住所にあたるEメールのための住所)を取るにはニフティのような商用ネットを利用するのが一番、というような時代だった。最初はメールのためだけのつもりだったのに、予期せず夢中になってしまったのが、フォーラムでのコミュニケーション。そう、顔も知らない人と共通の話題で話し合う、パソコン通信ならではの情報交換である。 私は、もともと化粧品が好きだったので、化粧フォーラムというところはとても楽しい場所だった。自分の知っている情報が他の人の役に立ち、また自分も興味のある情報を得ることができる。通信そのものを楽しむというよりも、通信の中身が魅力的だった。顔の見えない相手と「顔」に関する話をするというのは奇妙な感じがするが、文字情報を自分の立場で取り込んで適用していくという作業はそれほどむずかしいことではない。解説が具体的であれば、逆に、たとえば写真を見せられるよりもはるかにわかりやすいということがあるのだ。フォーラムの中で、新しい情報を発信し、質問者の悩みに答えたりしていくうちに、その私の情報は、ネットに蓄積され他の媒体からも注目を浴び、いつの間にか電子の世界から実体のある世界へと引きだされるようになったのである。 化粧情報にとって、実体のある世界でのコミュニケーションが意味を持つのは、「メイクアドヴァイス」など「顔を見るからこそ可能な」イベントのときである。化粧品の使い方やメイクの仕方を、それぞれの人の顔に合わせて個別にアドヴァイスするわけだが、これが大変な人気である。単にその場できれいになれるというだけでなく、それまで私が文字で発信していた情報が、顔の上で具体化されたとき一層色彩を放つということなのだそうだ。いかにそういった情報が必要とされているか、実感できる。電子の世界の情報があるからこそ、実体を見せられたときに役立つのである。 「電子コミュニケーション」は、人間関係を楽しんでいるように見えて、実は、コミュニケーションの内容、つまり情報の質が重要なのではないだろうか。公の場で発言することの緊張感はあるが、今こうして書いている文章が顔の見えない誰かに読んでもらえる喜びと同じように、私の情報が誰かに役立つことの喜びがあって続けてこれたのだろう。 もちろん、化粧情報は美しくなるための情報なので、なにより自分が美しくなりたいと思うからこそ成り立つものである。情報発信者の好奇心がベースとなっているのはまちがいない。年齢を重ねれば外見が老いていくのは事実だが、情報はさらに蓄積され、ますます磨きがかかるという考え方もできるのではないか。だとすると、このコミュニケーション形態でなら、パワフルに化粧情報を提供するおばあちゃんになるという私の夢もかなうかもしれない。 きっとこれからも、私は、顔の見えない誰かとの電子コミュニケーションを楽しんでいくことだろう。 (荒木 りえ) |
||