「美のしらべ」(毎日新聞00.03.08)
『美しい歌声を生み出す女神』
美しい音楽を聴くのは心地よい。本当に良い音楽は聴く人を美しくしてくれるようだ。とくに人間の声が創り出す音楽=歌声は、聴くものにとって独特のヒーリング(癒し)効果があるような気がする。
一流の演奏家たちは、楽器と自分の身体を上手にコントロールしながら音楽を創る。何気なく演奏しているように見える、たとえば、一小節を演奏するためにも、テンポやフレージング、強弱など細かく調整されている。
音の出し方は、どんな楽器であっても演奏家のコンディションに大きく左右される。自分の身体が楽器である歌手の場合、最も直接的にコントロールが可能な気がするけれど、実はそれが非常に難しい。
「美しい歌声」を創りだすのは、肉体に恵まれ、歌う才能に恵まれていても、自分の声を生で聴くことが不可能なので至難の業だ。いつも聞いているつもりの自分の声は、実は、自分の体を伝わって内耳から認識されるので、空気を介して聴いている他人に伝わる声とは微妙にちがう。録音した自分の声が「なんだか変だ」と感じられるのは、そのためである。自分が「美しい声」で歌おうと声の出し方を調整しても、それが他の人に美しく聞こえる保証はない。
それに安定して美しい歌声をつくることもまた難しい。音楽は創りだされた瞬間に消えていくから、同じ歌声を再び甦らせるためには、その音を出した状態を再現しなければならない。しかし、身体の調子や精神的な状態などいろいろな要因が重なり合って美しい歌声が生み出されているので、そのすべてを維持・再現することが難しいのである。
それらを超越して、意識せずとも完全なコントロールができるかのように歌える歌手がいる。エディタ・グルベローヴァである。彼女は耳ではない何か別の感性で自分の歌声をとらえているかのように、安定した美しい声で聴くものの心をつかむ。音楽の演奏にはミスがつきものだが、彼女にはミスなどありえないと思えるほど完ぺきなステージが繰り広げられる。もちろん音程をヴィブラートでごまかすことなどない。頭の上から何にも遮られることなく届く響きは、まるで天から降りてくるようである。
今人気の、まだ十代のソプラノ歌手シャルロット・チャーチが天使だとすると、エディタ・グルベローヴァはまさに「女神」である。女神の歌声が生み出す美のしらべは、本物の天からの贈り物なのかもしれない。
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